「 わたし、一生独身かも 」〜 後編 〜



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前回の記事(1のつづきです。




20代後半から35歳頃まで

「この先、誰かを好きになることなんて、多分ないと思うんだよね」
「誰かに愛されることもないと思う」
「自分だけは、生涯のパートナーがこの世にいないと思う」
「自分は一生、独身だろう」


──などなど、全力で思い込んでいた私ですが。



いま振り返ると、そもそも自分自身が「誰かを受け入れる余裕がなかった」ように思います。

もっと言うと

誰かのことも、自分自身のことも
受け入れる余裕も自信も、なかった。
受け入れる・受け入れない以前に、
自分という人間をよく理解していなかった


──そう思います。



くだって、くだって、底辺の底辺の底辺までくだり切ったところに 「まさか」という坂 があり

35歳で【まさかの結婚】をしたわけですが(笑)

そのときは、いろいろなことを「諦めたとき」でもありました。

「諦める」という言葉はネガティブな言葉ですが、「受け入れる」という意味でもあります。



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無力な自分、不甲斐ない自分、弱い自分、ダサい自分、孤独な自分を受け入れたとき。

こだわっていたもの、執着していたもの、離すまいと抱え込んでいたもの、

手に入れようと躍起になっていたものを、

「もういいや」と手放したとき。(釣りで言う、「リリース」のイメージ)



「身の丈の自分」「ありのままの自分」を受け入れたときに、
【まさかという坂】が現れたように思います。




桃井かおりさんの記事で書かせていただいたとおり、桃井さんから受けた影響も少しありますが(笑)、

西洋占星術によって、ありのままの自分を受け入れることができた部分は非常に大きい。

私が西洋占星術に出会ったのは20年前ですが、

30歳を過ぎるまでは、本当の意味で活用できていなかったんですね。

一番大事な「自分自身のホロスコープ」を、深堀りしていなかったのです。




いま、西洋占星術を本職にしている私がこんなことを言ってしまうのは本末転倒かもしれませんが

出会い運はどうだ、恋愛運はどうだと言っているうちはダメかもしれません。

運勢ばかりを気にするのは、人生が「受身」になってしまっている証拠です。

「受身の人生」とは、「自己責任の人生」ではなく「他責の人生」のこと。

理由・言い訳・きっかけを<外側>に探していて

<内側>が「お留守」になってしまっている状態です。




運勢を把握して「参考にする」「活かす」のは大事ですが、

あくまでも【主導権=舵】を握っているのは自分です。


【運勢あっての自分自身】ではなく
【自分自身あっての運勢】

【結婚できるか・できないか】ではなく
【自分が結婚するのか・しないのか】。




今回はたまたま【結婚】をテーマに上げましたが

諦める=「身の丈の自分」「ありのままの自分」
「一人で立っている自分」を受け入れたときに
四方八方塞がりだった状況がスルスルと進み出す


・・・ということが言いたいのです。

そして、自分が【舵】を握っていれば、運勢(船が進む方向)なんていくらでも変えらる、ということ

良い運気はさらに良く、悪い運気も味方にしてしまうことができるはず。

「運勢」よりも「出生ホロスコープの深堀り=自己理解」こそが【占星術の醍醐味】

自分自身を理解するうえで、占星術はとても有効な「フォローツール」になると思いますよ ^ ^


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